【第1回】西冷印社の倉庫から始まった伝説。李耘萍が作る「幻の赤」とは?

【第1回】西冷印社の倉庫から始まった伝説。李耘萍が作る「幻の赤」とは?

「印泥は、ただの文房具ではない。篆刻家の魂を紙に定着させる、唯一の媒体である」

中国篆刻芸術の聖地、杭州・西冷印社。その長い歴史の中で、現代印泥の最高峰とされるブランド「耘萍(うんぴょう)」の物語は、華やかな表舞台ではなく、薄暗い倉庫の片隅から始まりました。
今回は、伝説の職人・李耘萍(り・うんぴょう)氏が歩んだ苦難の道のりと、彼女が生み出した「幻の赤」の誕生秘話に迫ります。

 

 

18歳、倉庫をベッドにした修行時代

1963年、まだあどけなさの残る18歳の少女が、西冷印社の門を叩きました。彼女の名は李耘萍。
彼女は印泥制作の現場に配属されましたが、当時の環境は過酷そのものでした。5階にある印泥の原料倉庫。彼女はその片隅にあるわずか5平方メートルのスペースに木の板を渡し、そこをベッドとして寝起きしながら、来る日も来る日も印泥の研究に没頭したのです。

「良い印泥を作るには、まず良い艾(もぐさ)を知らなければならない」
彼女は自ら福建省の産地へ赴き、農家と共に艾を摘み、黄色い葉や腐った葉を手作業で選別しました。数千回、数万回と杵(きね)を打ち下ろし、繊維の一本一本まで神経を行き渡らせる。この狂気とも言える素材への執着が、後の「耘萍品質」の基礎となりました。

師・高式熊も認めた「失われた技術」の復刻

李耘萍氏の才能は、西冷印社の重鎮であり、著名な篆刻家である高式熊(こう・しきゆう)氏の目に止まります。
当時、市場に出回る印泥は大量生産による品質低下が嘆かれていました。「夏になると油が浮き、冬になると石のように固まる」。そんな印泥に絶望していた芸術家たちのため、李耘萍氏は清朝時代の伝統製法「潜泉印泥」の復刻に挑みます。

数え切れないほどの試行錯誤の末、彼女はついに、季節を問わず常に鮮やかな赤を保つ印泥を完成させました。高式熊氏はその出来栄えに感動し、自らの名を冠した「式熊印泥」として世に出すことを許可したほどです。
その後、彼女は独立し、自身の名を冠したブランド「耘萍(うんぴょう)」を設立。西冷印社で培った技術と、女性ならではの繊細な感性が融合したその印泥は、瞬く間に中国全土、そして日本の書道界へと広がっていきました。

 

なぜ「耘萍」は特別なのか?

耘萍印泥の最大の特徴は、「夏不泛油,冬不凝固(夏は油が浮かず、冬は凝固しない)」という魔法のような安定性です。
これは、李耘萍氏が3年以上寝かせた特製の植物油(蓖麻子油など)を使用し、手作業で数万回も練り上げることでしか実現できない品質です。機械では決して再現できない「粘り」と「密度」。それが、紙の上に盛り上がるような立体的な印影を生み出します。

「作品を百年残したいなら、印泥は耘萍を使え」
プロの篆刻家の間でそう囁かれる理由は、一人の少女が倉庫の片隅で誓った、妥協なき情熱にあるのです。

💎 アジア篆芸がお届けする「本物」

当店では、李耘萍氏の工房から直接仕入れた正規の耘萍印泥を取り扱っております。
歴史が証明するその品質を、ぜひあなたの指先で感じてください。

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